「として」是補格助詞「と」和動詞「する」組合形成的,是修飾性慣用型,也有人稱作“形式用言”。這一類詞雖然不是一個單詞,但是在句中有固定的幾種含義,應該有明確的概念。今天就給大家分享「として」的5種用法。
一、體言+として
表示身分、地位、資格、立場、種類、作用等,翻譯爲:“作爲…”、“以…身分”等等,在句子中做狀語
例句:
① 趣味として日本語を勉強している。
(作爲愛好,我學習日語。)
② 親として子供を心配するのはあたりまえだ。
(作爲父母,照顧孩子是理所當然的。)
③ 李先生は學者としてよりも、政治家として有名だ。
(李老師作爲政治家,比作爲學者更出名。)
④ 社長の代理として、會議に出席した。
(以總經理代理的身分,出席了會議。)
二、最小數量詞+として…ない
在“一”的助數詞後面接否定,表示全盤否定
例句:
① 一つとしていい物はない。
(沒有一個好東西。)
② 一人として合格した者はいない。
(沒有一個人合格的。)
③ 幼児は一時(いっとき)としてじっとしていない。
(幼兒一會兒也不老實。)
④ 今回の発表會では、一枚としていい論文はなかった。
(這一次發佈會,沒有一份好的論文。)
⑤ 試験の前は一晩としてぐっすり眠れる日はなかった。
(考試前沒有一夜是能熟睡的。)
三、體言+としての+體言
として後面接の,成爲定語修飾體言,表示某種身分、地位、資格。立場、種類、作用等的定語。可以翻譯爲:“作爲…身分的”
例句:
① 全快して、退院できることは、患者としての最大の喜びです。
(痊癒出院是作爲患者的最大喜悅。)
② 彼はやっと親としての資格を認められた。
(他好不容易被承認了作爲父親的資格。)
③ これは社長としての意見で、個人的のものではない。
(這是作爲社長的意見,而不是個人的。)
④ 教育者としての母親を教育ママという。
(作爲教育家的母親,叫做‘教育媽媽’。)
四、體言+としては
(1)前項表示站在某種立場、以某種資格、作爲某種身分等。這時的としては可以用は代替,但是意思略有變化,所以也可以看成是主語的特殊表現。可以翻譯爲“作爲…來說”,“站在…立場”等。
例句:
① 彼としてはそういわざるを得なかったのだろう。 (作爲他的立場,不得不說那樣的話吧。)
② 王さんとしては當時辭職する外はに、道がなかったのだろう。
(作爲爲小王,當時除了退職外,沒有別的路可走吧。)
③ 私と致しましてはこのご意見に賛成かねます。
(我無法贊成這個意見。)
(2) 前項是一般標準,後項是對主語的客觀評價。此時としては不可以用は代替。可以翻譯爲“作爲…來說”,“作爲…來看”等。
例句:
① 山田さんは日本人としては背が高いほうです。
(山田先生作爲日本人,算是高個子。)
② 兄は長身だが、バレーボールの選手としては小柄なほうだろう。
(哥哥是高個子,但是作爲排球運動員,是屬於小個子吧。)
③ 醫學部を卒業して、すぐ一流の病院に就職できるなんて、醫者の卵としては幸運なほうであろう。
(從醫學系畢業,馬上能在一流醫院工作,作爲未來的醫生,算是幸運的吧。)
五、體言、用言終止形+としても
(1)前項表示假定或者既定的讓步條件,後項是與前項相反的結論。可翻譯爲:“即使…也(不)”。與“體言+でも”“用言連用形+ても”類似
例句:
① 先生としても、この問題は解決出來ません。
即使是老師,這個問題也無法解決。
②日本人としても、理由は解釈できなく、そのまま使っているだけです。
即使是日本人,也不能解釋理由,就那樣使用而已。
③今からタクシーに乗ったとしても、多分間に合わないだろう。
現在即使乘出租汽車,也大概來不及了吧。
④成功したとしても、餘りいい物は出來ません。
即使是成功了,也造不出太好的東西來。
⑤體が丈夫としても、インフルエンザには注意しなければなりません。
即使身體結實,也要注意流感。
(2)前項與後項是正反兩個方面的對比。可翻譯爲:“即使……,但是”
例句:
① 天才としても體は弱い。
即使是天才,可是身體太弱了。
②彼は許してくれるとしても、彼女がいいとは言わないだろう。
即使他允許,她也不會說行吧。
③あのホテルは値段は安いとしても、サービスが悪い。
那個賓館,價格便宜,但是服務太差了。